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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)708号 決定

抗告人 新潟トヨタ自動車株式会社

相手方 寺尾寅二郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙記載の通りである。

執行裁判所が強制執行の申立を受けたときは申立人の提出した執行力ある正本が当該強制執行の債務名義として民事訴訟法に定める形式的要件を具備した適式のものであるかどうかを審査し、もし右の要件を欠く不適式のものであるときは当該強制執行の申立を却下すべきことはいうまでもない。記録によれば本件は公証人の作成した公正証書に基く強制競売の申立であつて、申立人(本件抗告人)は同人と寺尾定雄外一名間の昭和三十三年十月三日附新潟地方法務局所属公証人赤木寿夫作成同年甲第一万六百六十八号自動車月賦販売竝使用貸借契約公正証書及び申立人と寺尾寅二郎(本件相手方)外一名間の昭和三十四年五月十三日附前同公証人作成同年甲第五千百四十六号追加契約公正証書の各執行力ある正本を原審に提出したことが明らかであるところ、民事訴訟法第五百五十九条第三号によれば公正証書が強制執行の債務名義として適式であるがためにはその公正証書が一定の金額の支払又は他の代替物若くは有価証券の一定の数量の給付を以て目的とする請求につき作成せられたものであることを要するのであるから、本件の場合原審は前記各公正証書が右の要件を具備するかどうかを審査して申立に対する許否を決すべきである。抗告人は公正証書が右の要件を具備するや否やの審査は執行文付与機関である公証人が執行文付与に際し審査すべき事項であつて執行機関である執行裁判所はこの点について審査の権限も職責もないというけれども公正証書が前記の如く一定の金額の支払又は一定数量の代替物等の給付を目的とする請求につき作成せられていることは公正証書が債務名義として執行力を有するための形式的要件であつて、かかる形式的要件の存否は執行文付与機関が執行文付与に際し審査すべき事項であると共に執行機関が執行手続開始に際し審査すべき事項であるというべきである。けだし右の如き形式的要件の存否は公正証書の記載自体から容易に判断できる事項であるから執行機関の審査に適しない事項であるということはできないのみならず元来適式な執行力ある正本の存することは強制執行の絶対的要件であるからかかる要件の存否は執行機関が執行を開始するに際し必ず審査することを要するものと解すべく、公正証書を債務名義とする強制執行について別異の解釈をとるを相当とすべき合理的理由は何等存しないからである。又公正証書が前記の形式的要件を具備しないために適式な執行力ある債務名義と認め得ない場合に、これに対し執行文付与機関である公証人が誤つて執行文を付与したとしても、そのために同公正証書の執行力が生ずるものと解することはできない。以上の説明に反する抗告人の見解は正当でない。本件記録によれば、前記各公正証書正本の記載事項の概要は原決定理由に説示の通りであること、抗告人が本件強制執行の基本として主張する債権は前記追加契約公正証書に記載されている相手方の連帯保証債務に対応する抗告人の債権であり右保証の目的たる主たる債務は前記自動車月賦販売竝使用貸借契約公正証書第十三条の違約金債務であること、及びこの違約金債務については右公正証書のいずれにもその具体的な金額の記載がなく唯右自動車月賦販売竝使用貸借契約公正証書第十三条に自動車売買代金額(その額が九十六万五千六百三十三円であることは同公正証書第三条により明らかである。)から買主が既に支払つた代金及び売主が買主から回収した自動車の現存価格を差引いた残額を違約金として請求できる旨及び同じく第十四条に右現存価格は自動車回収の日の価格を相当鑑定人に鑑定せしめて定める旨各記載されているに過ぎずこの鑑定価格なるものは公正証書の記載からは全くこれを知り得ないのであるから結局右違約金債務の額は公正証書の記載自体からは計数的に算出することも不能であることをそれぞれ認めることができる。従つて右違約金債務及びその保証債務に関する限り前記各公正証書は民事訴訟法第五百五十九条第三号に定める一定金額の記載を欠き執行力ある債務名義としての形式的要件を具備しないものというの外はない。そうすれば右の如き公正証書に基く違約金の請求権を基本債権とする本件強制競売の申立は執行機関において不適法として却下すべきものであることは前段説明に徴し明らかである。右と同旨の原決定は相当であるから本件抗告を棄却し、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し主文の通り決定する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

抗告の理由

抗告人より申立した不動産強制競売事件につき執行裁判所たる新潟地方裁判所は債務名義の要件に欠缺があり、債務名義としての適格を欠く事があきらかであるとして右申立を却下したものであるが、右決定理由にも明らかな通り執行手続に於いて執行文付与機関と執行機関とは別個なものとされ、執行機関は執行力ある債務名義が存在する限り之に基いて執行を実施すべき権限と職責とを負うものであり、債務名義としての適格性を有する文書が有効に存在するや否やについての調査は執行文付与機関の調査事項であり、執行機関としてはこの点に関する判断をなす職責を負わないものと云わなければならない。

よつて執行力ある正本の提出ある限り執行裁判所は債務名義の実質的形式的執行力の有無につき審査する事が出来ないと解すべきであり、その観点にのつとり、大正十年三月十五日東京地方裁判所民事第六部に於いて「執行文の付与せらるる債務名義は請求に関する異議の訴又は執行文付与に対する異議の申立に基く判決若しくは決定によるに非ざれば其執行力を失うものに非ざるが故に執行裁判所は執行手続に際し執行文の付与せらるる債務名義の提出ある限り強制弁済の事実が債務名義自体に付記せらるる場合を除き、其実質的若しくは形式的執行力の有無につき審査するの権限を有する事なく強制執行手続を開始し続行せしめざる可からざる事勿論なり」と決定している。

よつて案ずるに執行裁判所は執行力ある正本の提出ある限り必ず執行手続を開始すべきであり、管轄裁判所に対し債務者から請求に関する異議もしくは執行文付与に対する異議の申立があつて初めて管轄裁判所が債務名義の実質的及び形式的執行力の有無について審査すべきものであると解する。

原決定は不当であるから民事訴訟法第五五八条に基き抗告する。

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